歩きながら考える

散歩が好きだ。

どこかしらに向かう際も、多少の距離なら公共交通機関を使うことはないし、多少というには幾分遠かろうが時間さえあれば迷わず徒歩を選択してきた。思考を停止してしまえば単なる移動にしかならない時間も、そこに意識を巡らせれば散歩になる。現在地から目的地までを結ぶありとあらゆる道筋の中からその日の気分に身を委ね、瞬間の衝動に抗わず、自らの足で大地を踏みしめながら景色や落とし物を眺める時間は何物にも代えられない。急がば回れ。効率化だけがタイムパフォーマンスではない。あえて無駄を選ぶことでしか得られないものもある。

ただ、そうは言っても季節は夏。日中の街路は洒落にならないほど熱を帯び、容赦な無く身体中の水分を奪い去る。少しでも油断をすると一瞬で乾涸びかねない。灼熱地獄。おちおち散歩もできやしない。暑さに思考を奪われているうちにはいくら歩こうがなんの気づきも得られやしないので、自ずと早朝や夕方、太陽の目を盗みながら日陰をこそこそ彷徨いている。

特に今の仕事をするようになってからは営業時間に自らの行動全てが左右されるようになり、自身の生活から夕方と早朝がな無くなった。起きる頃には太陽がご機嫌に顔を出しているし、ようやく日が沈む頃にはもう開店の時間を迎えている。困る。冷房の効いた部屋から外を眺め、覚悟を決めて靴を履き、涼しさを断ち切り外に出て、ものの数分で力尽き、最寄りのコンビニに吸い込まれて冷たいお茶を買う。無目的な散歩とは程遠い。

となるともはや己に残されているのは真夜中のみ。この時間だけが何にも気を囚われることなく街歩きができるエンペラータイム。幾分の蒸し暑さはあれど、日中のそれに比べたらまだ天国。自宅まで帰る道のりをその日の気分で決め、調子が良い時はコンビニで缶ビールなんかを買ったりして、とろとろと街を歩く。深夜徘徊。適度に灯った街灯に照らされながら、その日に読んだ本や、店で話したことなんかを思うままに反芻していく。悪戯に流れる時間を少しでも自らの中に留めおくための、欠かせない時間。この積み重ねで今の自分ができている。

さよならの数をかぞえて たゆたえど 初めましての数を忘れる

(『はなればなれ』より引用)

トーキョーブンミャクからリリースされた「さんぽぶんこ」はその名の通りポケットに突っ込んで散歩に連れ出すことができるサイズ感が特徴で、シリーズ一作目となる『はなればなれ』(西川タイジ)ほど真夜中の散歩におあつらえ向きな本はない。西川さんが紡ぐ文章からは、静かな夜の匂いがする。仄かな切なさ、寂しさが滲み出ている。その言葉を頭の中で溶かして、自らの記憶と混ぜ合わせながら、共通点や差異を感じとる。紙面の外側、余白にこそ読書の楽しみが溢れていることを教えてくれる。そしてその余白を見つけるのにぴったりなのが散歩の時間だ。

今回、それぞれの短歌から着想を得た物語であったり、随筆であったり、詩のようなものを書きおろして収録しました。私がいうのもおこがましいですが、短歌は文字数の制限により生まれる余白から、各々が感じられる情景を楽しむもの、と考えております。その余白を私なりに補完、表現をいたしました。もちろん、あなたが感じた情景とは全然別のものかもしれません。それでいいと思いますし、それがいいなと思います。是非、その違いも含めて楽しんで頂ければ幸いです。

(『はなればなれ』より引用)

『はなればなれ』を読んで、改めて自分が散歩によって自身の周囲にある余白を埋めていたことに気がついた。見えたもの、聞こえた音、感じたことを歩きながら振り返り、まだ言葉になっていない感情を言語の形に変えていく。補完行為。止めどなく産まれては形になる前に消えていく感情の粒をなんとか記憶に留めるため、それをする時間を歩くことによって捻出していた。『はなればなれ』を読むこともまた、西川さんという一人の人間の目線を借りた散歩の擬似行為であり、それを自身の目線で行うことで散歩の時間が一段と輝きだす。

そもそも読書や散歩は何かの効果を求めてやるものではないし、その意味をわざわざ言語化することすらナンセンスなのかもしれない。そんなことを考える暇があったらポケットに一冊突っ込んでさっさと街に出たほうが早いと思うし、現にこれまでもそうしてきた。「さんぽぶんこ」を介して、今一度散歩の意味を自分なりの言葉で表現してみたけど、じゃあ日頃実際にそんなことを考えながら街を歩いているかと問われたらなんとも言えない。ただ、探しているときには出会えない街猫と偶然道端で出会うように、効果は期待していないときにこそ訪れるものだと思う。なんとなくそんな気がするから、これからも毎日本を読むし、散歩をする。涼しい時間帯に。

▷書籍情報
『はなればなれ』
著者:西川タイジ X(旧Twitter)(@nskw_CB_PP
新書サイズ/20P

Text/シモダヨウヘイ
中央区白金で「ブックバーひつじが」を経営。2018年福岡に移住。買ったばかりの白い服に食べ物の汁をこぼすのが得意。利き手は左。胃が弱い。

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