1年後になくなるその日まで「おいしくて、楽しく、人とつながれる場」でありたい – ワインバー雲霧

雲霧_大宮

「おいしいものを食べたい、おいしいお酒を飲みたい」「もう1軒、軽く飲んで帰りたい」。いろいろなニーズに応える大人向けのしっとりしたお店が、福岡市中央区大宮にひっそりとできているのです。

「ひっそり」と言ったのは、グルメ系口コミサイトに情報のないお店だから。もちろんお店のInstagramはあれど、自分の足を運んで、自分の舌で味わって、五感で雰囲気を堪能して初めて、店の輪郭をつかむことができます。

2022年4月に誕生したワインバー「雲霧」。面白いことに初見の9割以上がおひとり客。デートで訪れたカップルはこれまで(記事掲載時点)2組だけだったという、ひとりでも入りやすいお店なのです。

開店して3ヶ月目に入り、常連さんの再訪も増え、金土は早い時間から席が埋まるようになり、「別の時間帯に来ていたお客さまたちが、たまたま同じ時間帯にいらしてカウンターに座っているのを見ると、オールスター戦を見ているようで幸せです(笑)」と店主さん。

Instagramを覗くとわかるように、雲霧は店・店主さん共々ミステリアスなヴェールをまとっています。だから店主さんのプロフィールはあえて載せません。どんな素敵な方なのかは、お店を訪れてお確かめください。

雲霧というお店について、成り立ちからメニューの話まで、いろいろと伺いました。

●開店に至ったきっかけは?

人との出会いを通じて、新しいことが生まれる場所が欲しいと思ったからです。私はいま那珂川市に住んでいますが、長年付き合いのある友人たちの多くは福岡市に住んでいます。彼らとも再会できる場になればいいなと思っています。

雲霧が入居するビルは、2023年7月に取り壊しが決まっています。それもあって内装を自由にできて、原状回復しないまま退去できるのも、自分が理想とする空間をつくれる点でいいなあと感じ、物件と出会ってすぐ契約を決めました。

●店内で気に入っているところは?

「新しい木の香り」が常に漂っているところ。いい香りのカギを握るのはテーブルで、表面に蝋だけ塗っているので、天然木の香りが持続しているんですよね。漆喰の壁とウッディなテーブルという健康的な組み合わせも好きです。

私は20年以上にわたって、百貨店のディスプレイデザインをしてきました。イベントや催し物によって変わるショーウィンドウ、というとわかりやすいかもしれません。意外なモノ同士を組み合わせることで、通りがかる人に不意に目と足を止めてもらうよう意識して作り込んでいます。

今は雲霧の仕事があるため、デザイン業は単発になっていますが、長年やってきたデザインを店づくりに生かしています。内装からSNS、メニュー表に至るまで、全部自分でつくっています。だから全体的に統一感もあるのかな。そこも気に入っています。

●お客さまから好評なことは?

照明をいいねと言ってくださるお客さまは多いです。全部間接照明にしていて、人を美しく、素敵に見せる明るさに調整しています。明るくしすぎない、照らしすぎないことが大事です。すべてを見せる必要はないですからね。

飲食店経営者のお客さまからは「お手洗いの床の処理がすごい」と褒めていただくことも。一般のお客さまは注目しないところかもしれません(笑)。

向かい合って話せる大きめなテーブル。イベント時も交流しやすくなった

5月下旬に取り付けた対面式のテーブルも「話しやすい」と好評です。以前は横並びで飲めるようなカウンターにしていたのですが、お客さまが増えてきたこともあって、より多くの方が入れるように工夫しました。毎月最終金曜日に、10名ほどのお客さまを集めて異業種交流会をしていますが、そのときにも役立っています。

●提供するローマピッツァとワインの特徴は?

薄いピザには具材がたっぷり。筆者は毎回2枚注文して満たされる

ローマピッツァは低糖質を意識していて、パリパリした薄い生地が特徴です。生地に厚みのあるナポリピッツァだと小麦粉を100〜110gほど使いますが、雲霧で使うのは30g。1/3の量なので2枚ぺろっといく女性のお客さまも珍しくありません。

具材は豊富なので、1枚でいろいろな味わいを楽しんでいただけます。どんなピッツァを用意しているか少しご紹介しましょうか。たとえば、きのこと生ハム、水牛チーズを使った「女王様のピッツァ」。

こちらは私が春吉で飲食店をしていたとき、同じビルで営業していたゴージャスなおねえさんからよくオーダーされて作っていました。そんなエピソードがメニュー名の由来になっています。

今は「牡蠣とレモンのピッツァ」が人気です。シンプルな「玉ねぎだけのピッツァ」も本場イタリアではよく食べられています。

ワインはイタリアを北部・中部・南部に分けて均等に仕入れています。お客さまからおすすめを聞かれたときは、召し上がっている料理に合わせてお出ししています。ワインではありませんが、オレンジで作る自家製のアランチェッロも人気です。リモンチェッロのオレンジバージョンですね。

自家製レモネードも

●どんなお店を目指している?

「おいしいものを食べたい」「おいしいお酒を飲みたい」と思った方が来てくれる場所でありたいです。いまでも「おいしくて楽しい」はクリアしているはず。3階まで階段を上らないとたどり着けませんが(笑)。

ただ、雲霧という店は1年後になくなります。雲霧は雲や霧のごとく、つかみどころなくそこに在り、いつかは消え去り、ビル自体が取り壊されたあと、そこには青空だけが残ります。

そこに集う人たちの心に、人生をもっと楽しもうという思いだけを残して。雲霧は「なくなる」のではなく「晴れる」存在でありたいと思って、店名をつけました。

来年の梅雨が明ける頃、「雲霧なくなったね」と惜しむ間もなく、ここでつながった人たちが一緒にイベントをしたり遊んだりするような出会いが生まれる場所になっていたいなと思います。

黒電話は「飾り」ではありません

●お客さまにどんな体験をしてほしい?

店内を観察してみると、いろいろな仕掛けがあります。気づいた人だけ注文できるメニューもあるかもしれません。メニューはよそのお店でおいしいものをいただくと、それに触発されて試作してうまくいけば追加したり入れ替えたりするのが恒例です。

でも、翌週になって「やっぱり違うな」と止めることも。先日はハヤシライスソースを6リットル分もつくりましたが、ハヤシライスの気分ではなくなって、自宅の冷凍庫にしまったままです(笑)。

残り1年、遊び心を忘れず面白い取り組みを続けていきますので、Instagramも含めてチェックしていただけたらうれしいです。

取材を終えて

店主が話し上手なので、記事としてはまとまりましたが、私(筆者)としては「百聞は一見に如かず」の通り、やはり店に足を運んでほしいと思います。

店を立体的に見ること、空間のなかで体感することで、発見できることはいろいろあります。そして、雲霧は変化しつづけているので、店に行くたびに「あれっ?」と楽しい気づきが得られるのです。

「すべてはお客さんに喜んでもらいたいから」。そんな想いで店を運営されていることが伝わるから、何度も行きたくなるのでしょう。赤い扉、開けてみてください。

雲霧の店主さんってこんな人」に続く

取材協力・写真提供/雲霧

Text/池田園子

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