「飲食は目の前で“おいしい”と言われる幸せな仕事。だからやめられない」- ワインバー雲霧

ワインバー雲霧_大宮

遠目からでも目立つ、ビルの3階にある赤い扉。「あの扉の奥にはどんな世界があるんだろう」。そう気になって階段を上った人の多くがリピーターに。そのお店とは、2022年4月に誕生した福岡市中央区大宮にあるワインバー「雲霧」です。

筆者は、同じビルの1階にあるチャイティー専門店「チャイティー ヘロン」を訪れた際、雲霧のショップカードをもらいました。「できたばかりのお店で、ピザがおいしかったです」とヘロンさん。

それから雲霧のInstagramアカウントをフォローし、連日のように投稿を眺めるなかで、店主のミステリアス感に魅せられます。初めて足を運んだときのことはいまでも忘れられません。その後も友人知人を連れて通うようになりました。

そんな雲霧のオーナーって一体どんな人なのでしょう? 人柄や個性にふれるような質問をいくつかしてみました。写真に添えたキャプションでは、これまで4回ほど訪れている筆者の心の声をのせています。

前編の『1年後になくなるその日まで「おいしくて、楽しく、人とつながれる場」でありたい – ワインバー雲霧』を読む

●子どもの頃、なりたかったものは?

大工さん。4歳のころ、家の工事をしてくれた大工さんを見たのがきっかけです。高所でいろいろな道具を使って補修してくれるのを見て、子ども心にすごいなあと感動したんです。その道具を借りてセスナ機を作ったら、すごいねと褒められていい気になったのも覚えています。

幼少期からモノを「構造」で見ていたようで、周りの子が2Dの絵を描くのに対して、自分は3Dで描いていました。大学でデザインを専攻して、ディスプレイデザイナーとして働いたあと、こうして雲霧の内装やデザインをしているいま、子ども時代の夢が形は違えど叶っているみたいですね。

●ご自身にとって「幸せ」「成功」とは?

「幸せ」は毎日が楽しくて、自分自身に役割があると実感できること。ただ、その役割は義務ではなくて、心からのめり込むようなことに限ります。

「成功」は何かひとつ熱狂的に取り組んだことを終えて、次にやりたいことは何か考えられる状態でしょうか。成功=「100%うまくいった! と満足する」とはならないんです。終わると「もっとこうすれば良かった」みたいに悔しく感じることばかり。

ただ、これまで「ものづくり」をベースとして、いろいろなことに挑戦してきました。だから、数年後にいまとは違う種類の「ものづくり」を始めるのも怖くない。むしろ楽しめます。そう感じられるのも、幸せだし成功だといえるのかもしれません。

●ご自身が大事にしていることは?

「ディスプレイデザインができればなんでもできる」という言葉。新卒で入社していまも付き合いのある会社の部長から言われました。

会社員として約13年、その後も7年ほど業務委託のディスプレイデザイナーとして活動して、いまは自分の店のすべてをデザインしているからこそ、その言葉の意味を深く噛み締めています。

「自分が楽しめば伝わる」という考え方も大事にしています。会社員時代、鹿児島にある百貨店、山形屋さんに提案を持っていったんです。希望された条件を詰め込んで、それなりの形にした提案を見て、お客さまは「あなたがしたいことは何ですか?」と問うてきました。

さらに「あなたが心から楽しいと思う提案を絵にして持ってきてくれたら、私たちにも伝わります」とも。それ以降、自分が楽しみながら取り組むことを大事にするようになりました。どんなものでも仕上がりを見ると、作った人が楽しんでいたのか、そうでないのかが伝わりますからね。

内装もすべて店主が作り上げている。その世界観に触れると居心地の良さを感じる

●ご自身でビジネスを立ち上げて得た気づきは?

空想を楽しみながら、自分らしい店を作っていくこと。「この地域・立地でこんな店を作ればきっとこんなお客さんが来るだろう」とデータや経験値をもとに想定しても、読みが違った……なんてことはあります。

だからといって、いいなと思う店を模倣してもたいていうまくいきません。むしろ、他店との違いがその店だけの空気感になって、特別な印象を形作るもの。

おいしさはもちろん、居心地の良さや雰囲気、店がまとう空気などトータルで、店のファンになってくださるお客さまを増やすには、お客さまのことを想像しながら、自分もワクワクしながら空想を続けることが大事なのかなと考えています。

 ●自分の飲食店を持つようになるまでの流れは?

メニュー表にはない料理も出されるから、いつ行っても新鮮

13年ほど勤めた会社を退職したタイミングで、イタリア留学したのを機に料理に目覚めました。当時、自炊をするのが楽しくてたまりませんでした。現地にいると日本で食べてきた「イタリアン」とは違うイタリア料理にたくさん出会えたんです。

日本に戻ってきてからは自宅のマンションで、ホームパーティを開催するようになりました。そのパーティが人気を呼んで、狭い玄関には靴が3層も4層も積み上がるほどに(笑)。1フロアに3世帯だけのマンションでしたから、同じフロアの住人を招いたり、差し入れしたりして、迷惑にならないように気を遣っていましたが、ここまで人が集まるなら店を開いてもいいのではと考えました。

その後、1店舗目は春吉の川沿いで正統派なイタリア料理店を出しました。そのあと2店舗目のゲストサロンを百道に開いたタイミングで春吉の店を閉じて、イベントやフェアを中心に料理を出し、並行してデザインの仕事も続けていました。

その後、パートナーのお母さんが経営していた牡蠣小屋を引き継ぐことに。パートナーもその店を10数年手伝っていて、私にとっても大事な場所でしたから。冬はそちらをメインに活動していました。

●時間、お金……これがもっとあれば、ビジネスをもっとこうできるのにといった野望はある?

時間と健康ですね。いつもToDoを紙に書き出していますが、休日は平日の5倍くらいやることがあって、夕方になってできなかったものは保留の「ほ」と書いて来週に回しています(笑)。

次の週の負担を減らすために、前倒しで予定を入れがちなんです。泳がないと息絶えてしまうサメタイプなんでしょうね(笑)。

ただ、健康な心身あってこそ、やりたいことを実現できます。もともとトレーニングが好きで、トレーニング教室を主宰していたほどでしたが、雲霧を始めてからあまり時間を取れていないのが悩み。自分自身のトレーニングはもちろん、7月からは教室も再開しています。

●小さな飲食店を作りたい人にアドバイスを。

洗練されているけれど、堅苦しくない。それも雲霧の素敵な特徴

小さいお店だからといって、それが理由で許してもらえるような手の抜き方をしないこと。「このこだわりはすごい」と言われるくらいの完成度を目指してほしいです。褒められるのはなんでもいいんです。料理はもちろん、接客でもワインの品揃えでも、お皿のセンスでも照明でも。

人を驚かせたり満足させたりできる、一目置かれるものがあることが大事。「こんな店を作りたい」と思われたら素晴らしいと思います。

ただ、飲食の仕事というのは、本当にやりがいがあります。お客さまの反応がその場ですぐわかりますから。目の前で「おいしい」と言われたら100点。だから楽しいし、続けていきたいなと思うんです。

取材を終えて

雲霧にはいい意味での「中毒性」があります。自分なりに分析してみたところ、大きく3つの理由がありました。

1.美味しいから

2.隠れ家的で、誰もが知っている場所ではないから

3.足を運んで応援したいと思えるから

1はそのまんまです。美味しくて、特に粉もん好きな筆者は毎度ピザを2枚(2種類)食べたくて仕方ありません。胃の状態が許す限り、いただきます。

2は平尾と薬院の中間あたりにあり、しかも路面店ではなく古いビルの3階にある点で、知る人ぞ知る感がある立地で、そこに通うことに特別感があるのです。

3は雲霧が工夫や挑戦を積み重ねている店で、そこを運営する店主さんが静かな情熱を燃やしているのを感じるから。「一生懸命な人を応援したくなる」。それは多くの人に共通することかもしれません。

雲霧の記事を2本出しましたが、店の魅力を100%伝え切った自信は到底ありません。記事で出せたのはほんの一部。ご自分の五感で確かめてみてください。

取材協力・写真提供/雲霧

Text/池田園子

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