遠くの誰かに目を向ける/すなば『さよならシティボーイ』

ブックバーひつじが連載

初めましての方もそうでない方もこんにちは。中央区白金で「ブックバーひつじが」という店を営んでいるシモダと申します。

普段は店に立ち、酒を飲み、本を読む日々を送っていますが、以前「めぐるね白金」で近所の大好きなお店を紹介させていただいたのが半径数メートル圏内で俄かに反響を及ぼしたらしく、それをきっかけにこの連載枠をもぎ取り、今こうやって自己紹介をしている次第です。ありがとうございます。

人が自然と集まる、サブカル色満載のポップなカフェ「area coffee」

とはいえせっかくいただいた貴重な枠を我が紹介に費やすのもあれなのでこの辺にしておいて、ここでは身の回りにある本や本屋の話をぽそぽそとしていこうと思います。連載だとカッコつけて言いましたが、反響がなければ即打ち切りもあるでしょう。初回から背水の陣、気合を入れて臨みます。脱力してお付き合いください。

さて、これで連載可否が決まるといっても過言ではない初回。取り上げる一冊を決めるのに大層な時間を費やしてしまった。あれも面白いし、これも紹介したいし、なんて目移りをしていたら一生話が進まなさそうで、急がば回れ、そもそも自分が今どういう基準で本を選び、手に取っているかを考えることから始めることにした。冒頭から早速迂回してしまい、先が思いやられる。

ここ数年、遠くに足を運ぶ機会が激減して狭い範囲で日々を過ごすようになり、その影響なのかある頃からふと同時代に離れたところで暮らす人が日頃どんなことを考え、どんな暮らしをしているのかに興味を持つようになった。

今はさまざまなSNSで他人の日常を垣間見ることができるとても便利な時代なので、うろちょろとインターネット上を彷徨いながら、四方山話に耳を傾け、2021年初頭、爆発的に流行した某音声SNSの中で偶然見つけたのが、今回紹介する書籍『さよならシティボーイ』(※)の著者、すなばさんだった。

ひょんなことから招待されてアカウントを作ったものの、ビジネスの話にも芸能人の話にも相互募集の話にも興味を持てず流れ流れて辿りついた先で、彼は太宰治の『人間失格』をただひたすら朗読していた。

リスナーに一切のリアクションを求めず一方的に読み続ける硬派な姿勢がなんとも心地よくて、BGMとしてしばらく日常の中にあった。知らない街から届くその声からは生活の香りが全くせず、果たしてどんな日々を過ごしたら夜に太宰を音読するようになるのだろうかと興味を持ち、プロフィール欄のリンクからTwitterを覗いたら、そこではあまりにも丁寧な日々の暮らしがあまりにも丁寧に綴られていて、でもそれもすんなりと納得したのを覚えている。これがシティの人間かと。

以降も己をシティボーイと称し、シティでの暮らしを謳歌しているすなばさんを時折Twitter越しに眺めながら、相変わらずこちらもこちらの日常を送っていた。ここまで自らの生活と真正面から向き合っている人間と出会った経験がなかったので、新人類の存在に一方的に刺激を受け続けていた。

そんなすなばさんが昨年めでたく三十代を迎え、ボーイの呼称を卒業する節目に出版したのが『さよならシティボーイ』というエッセイ集である。十代から二十代の、それこそシティボーイ全盛期に書き溜めたものの中から厳選された文章がシティを軸に各章に纏められていて、さまざまな角度から切り取られたひとりのシティボーイの人生が一冊の中に詰まっている。

淡々と綴られる文字の連なりは、夜な夜な太宰を朗読していた頃のそれと何ら変わりのないテンションで、心地良く響き、328頁もあるのが信じられないくらいあっさりと読了してしまった。

同じ時代を生きている人間だからか共感できるエピソードがいくつもあり、まるで同じクラスにはいたけど一度も話す機会がなかった同級生がポツリと呟く思い出話を横で聞いているような、不思議な懐かしさに包まれた。頁を捲り、ひとつひとつ丁寧に紡がれた言葉で名残を惜しむように別れを告げる彼の姿を、そして離れていくシティボーイの姿を見守った。

そういうわけで、この本には僕のひとつの時代が詰め込まれてある。今まで書いてきた量からするとほんの一部に過ぎないが、自分史における時代を締めくくるセレモニーがあるとすれば、是非とも出てほしい文章たちだ。彼らの前で僕は僕に告げよう。できうる限りの感謝と愛を込めて。

さよなら、シティボーイ。

(P5「まえがき」より引用)

当たり前の話だが、自分が暮らしている今この瞬間に世界中のいろんな場所で自分以外のたくさんの人がそれぞれの日々を過ごしている。昨日すれ違った人も、随分と会ってない人も、きっと今も何かを考えながらどこかで暮らしている。

まだ見ぬ隣人の日常に、そしていつかその人と出くわす未来を想像して楽しむのに、本はとても丁度いい媒体だ。すなばさんという人物を知るのにこの本一冊では到底足りはしないだろうが、それでも己を愛し、己の生活を愛した人間の文章を自らの生活と照らし合わせながら読んで、遠く離れたシティに想いを馳せたい。

※『さよならシティボーイ』は「トーキョーブンミャク」等の他、ブックバーひつじがでも数冊取り扱いがあります。

書籍情報
『さよならシティボーイ』
著者:すなば Twitter(@comebackmypoem
発行:トーキョーブンミャク Twitter(@konya_aitai
B6サイズ/328P

Text/シモダヨウヘイ
中央区白金で「ブックバーひつじが」を経営。2018年福岡に移住。買ったばかりの白い服に食べ物の汁をこぼすのが得意。利き手は左。胃が弱い。

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